現地系カレーを作る

現地系カレーを作る

現地系カレーとは何だ

カレー関係の人からターメリッくんは現地系カレーの人だね、といわれた。
これはたいへん嬉しくて、私が目指している方向性をとてもよく理解してもらえていると感じた。このキーワード自体は自分では意識していなかった言葉だった。改めて現地系カレーとは何だろうかということを整理して自分の立ち位置を再確認してみようと思った。

現地系カレーは現地カレーとは少し違うように思う。私に現地カレーは作れない。異国のカレーを作る場合、全ての食材や水を現地のもので揃えることは困難だし、何より私はそこで生れ育ったわけではないから。ただ、それでも再現できたりさらに上乗せできてしまう才能を持った人は世の中にはいる。
自分の場合で考えるとそれは不可能だけれど、現地でしばらく生活して毎日食べたりそこの文化に親しんだりした結果得た経験を使って作ったカレーは現地系カレーと呼ばれても良いのかも知れないと思う。
ややこしい話を抜きにすれば、現地で食べるカレーの雰囲気が感じられること、これに尽きる。カレーを食べに来てくれたお客さんが、現地での経験を思い出してくれたり懐しい気持ちになってくれたりすることがあった。これは私が全力で狙っているところ、お客さんにそういう体験を提供したかったのでものすごく嬉しかった。そしてそんな私の思いを現地系カレーと一言で表現してもらったとき、カレーやってて良かったなと思った。

現地生活で得たもの

いろんなものを捨ててもう日本に戻らないつもりでシンガポールに引っ越しした後、現地で友人が何人かできた。皆ホスピタリティ全開で、いろんなところに食べに連れて行ってくれた。ただ当時私は全然英語が喋れずイエス、デリシャスしか言えなかった。それでも彼らはこれは食べたか、あれは食べたかと聞いてきて、食べてないと分かると紹介してくれた。
シンガポールの料理はとても美味しく感じた。中華料理あり、インド料理あり、マレーシア料理あり、それらが融合した料理もあり。気に行ったお店はその後1人で何度も通った。次第に英語で意思疎通ができるようになり、友人達からの料理の説明を理解したり自分から質問もできるようになった。そこからめちゃくちゃ楽しくなった。彼らに頼んで料理自慢の嫁さんやお母さんなどを紹介してもらって話をたくさん聞いた。

シンガポールは家賃が高くて1人で住むにはなかなか厳しくて、当時はインド系ファミリーの家の1室を間借りしていた。シンガポールでは共働きが多くメイドさんを雇うことが少なくない。その家の夫婦も共働きでインドからメイドさんを呼んできてごはんを作ってもらっていた。ファミリーはときどき私をごはんに招いてくれて、右手でカレーを食べる技を教えてくれたり、文化や歴史の話もしてくれた。メイドさんの作る料理はとても美味しくて、暇そうにしているときを狙って作り方やスパイスの使いかたを教えてもらったりお父さんや息子達に美味しいインド料理の店を教えてもらって足を運んだりした。

伝統料理を味わうとき、その文化や歴史を知ることは大きな助けになる。それはもう調味料の1種だと言っても良いくらい。どんな地域で食べられているか、どんな食材を使うか、そして地域による違いや歴史の知識は確実に料理を美味しくする。貴重な体験だらけの日々だったけど、今思うと一番貴重な体験は現地の人が語る料理にまつわる生の話を聞くことができたことだったような気がする。

メニューを決めた背景とその後

シンガポールで開いたお店はカレー屋ではなかったので日々作るのは別の料理だったけど、自分用のまかないはスパイスを使って楽しんでいた。でもその時は今ほどにはスパイスにのめり込んでおらず、美味しかった料理を再現して遊んでいただけだった。そして数年で力尽きてお店をたたんでシンガポールを出てあちこちふらふらした後帰国してまた元の仕事に戻った。シンガポールでほぼ全財産を使い果したので自炊は必須の状況ではあったこともあり、自宅に常備するスパイスの種類が増えていった。

しばらくしてとあるきっかけで間借りカレーをさせてもらえることになり、メニューを考えた。最初は南インド系のカレーが好きだったし頻繁に作っていたので南インド系にしようと思った。しかしよくよく考えると到底自分には敵わない美味しい店がたくさんある。少し立ち止まって自分の持ち味は何だろうと考えたら、答えはすぐに出た。もちろん東南アジアだ。シンガポール、マレーシア、インドネシア。特にシンガポールやマレーシアで食べられる中華料理とアジア料理が融合したニョニャ料理は数え切れないほど何度も食べた。味はしっかり覚えている。ということで思い入れの深いルンダンとカレー・チキンに絞った。

それから何度か試作して日本在住のシンガポール人の友人に試食してもらって合格点を貰った。そしてコンセプトを「現地で食べたことがある人に懐しさを、初めて食べる人に新しい感動を」に決めた。あれから3年経ったが、これは今でも変っていない。そしてひたすら同じカレーを作り続ける中、少しずつ工夫してブラッシュアップを心掛けた。お客さんの中には毎回微妙に変えた違いを指摘してくれる人もいて、とても嬉しく感じた。そして最近になってようやく自分のスタイルが見えてきた気がしてきた。食材を変えつつも東南アジア感を出すにはどうすれば良いかが見えてきて、バリエーションを変えたカレーを出せるようになってきた。同じカレーを作り続けた成果が出たのではないかと思う。

一番大事にしたいのは風

現地感。マレーシア風、シンガポール風、南インド風、和風。いろんな風がある。これらの風の正体は何だろうと考えるようになって、その正体を明らかにしてやろうと思った。風を構成する最小限の要素の正体が明らかになればどんな食材を使っても現地感をキープできるはず。それはスパイスの種類と配分、熱の加え方、玉ねぎやトマトなどの基本食材の特定の調理方法であるはず。

検証を開始してレシピから風を構成する要素と思われる食材や手順を省略して比較してみた。その結果風が失なわれたらそれは必須要素と言うことができる。検証を繰り返した結果ほんのちょっとした差分でインド風になったりマレーシア風になったりすることが分かってきた。

また、使うスパイスも食材もほぼ同じカレーが違う地域にあったりする。そしてその地域同士は当然歴史的に関係が深い。文化が伝わって、共有されていく流れがカレーに現われている。

面白い。これを世界中のカレーでやってみたい。いろんな伝統料理の風の正体を知りたい。そうしたら自由に世界のカレーを作れるようになるに違いない。まだまだ行ったことがない国が多い上にキリがない作業なのでたぶん生きている間には終わらないだろうし当面はシンガポール風とマレーシア風限定しかできないけどいろんなことを試そう、そして食べてくれた人に風を感じてもらいたいと考えるようになった。

今後目指すところ

「現地で食べたことがある人に懐しさを、初めて食べる人に新しい感動を」のコンセプトは変えない。ただそこに追加して現地で食べたことがない人にも現地を感じてもらえるようにしたい。一口食べたら思わず行ったことのない異国を想像してしまい、そして同時に何だか懐しさも感じてしまう、そんなカレーを作りたい。無理かも知れないけど当面はこれを目標にしようと思う。

先月溜った有給休暇をごっそり使って東南アジアカレー調査の旅に行ってきた。食べる料理リストを作ったら日程x3では足りなかったので1日4〜5食ほど文字通り食い倒れる勢いで食べた。もっと時間が欲しかったけど幾つか新しい発見や答え合わせができた。これを生かしてカレーを作りたい。でも時間はかかりそうなのでお客さんが気長にお付き合いしてくれるといいなと思う。