マスタードオイルについて知りたい(その2)
前回はマスタードオイルって何だろうから始まって、マスタードオイルは健康に悪いのかどうか調べた。そして「ときどき摂取するぶんには恐らく問題なし」と私なりの結論を出した。
世間一般的に肯定的な意見は無いかなーと探してみると、インドのスポーツ栄養士さんの動画をみつけた。だいたい以下のようなことを言っていた。
マスタードオイルは健康的な要素もあり、不健康な要素もあり、それ故に論争の的になる。59%の不飽和脂肪酸、21%の多価不飽和脂肪酸、11%の飽和脂肪酸から成り、発煙点は250℃なので高温での調理に向いている。
また、心血管疾患のリスクを減らす効果、抗菌作用、ビタミンEが多くて肌に良く、抗がん作用、消化促進、食欲促進、炎症を押える、脳や神経の機能保護、メタボリック防止に効果がある。しかし何故論争が起るのか。
その理由はエルカ酸が多く含まれる(20%-40%)ためであり、心臓に中性脂肪が溜りやすい、心筋の脂質代謝異状、肺癌のリスクが上る、貧血を引き起す等が言われており、アメリカやヨーロッパ、カナダでは禁止されている。しかしその根拠となっている実験は全てラットに対してである。エルカ酸の大量摂取がラットの健康に影響をもらたすことは分かっているが、人間に対しては実験は実施されていない。
確かに子供や妊婦は特に大量摂取すると良くないかも知れない。しかし日常的に使用するぶんには何ら問題ないし、それ以上にメリットがある。
だいたい前回私が調べた内容と似たことを言っている感じ。インドでは伝統的にマスタードオイルを使ってきているので多少肯定的にもなりやすいかなとも思うが、やはり普通に使うぶんには何ら問題ないのではないかと思う。ただしバングラデシュはちょっと使いすぎじゃないか感はある。
食品の健康に対する影響を論じる際、ある特定の成分だけに着目することで正反対の結論が出る。結果ありきの実験はいくらでも可能だし、総合的にどうなのかという視点が大事だと思う。難しいけど。
今回はカレーとの関係をもう少し調べた結果と、マスタードオイルを加熱するとどうなるかをちゃんと自分の目と耳と鼻で確認して、さらに幾つか思いついて検証した結果を整理することにする。
マスタードオイルとカレー
マスタードオイルを使うカレーはどんなものがあるんだろう。調べみた。
まずはgoogleで「mustard oil curry recipe」で検索してみると、結果は17,600,000件。出るわ出るわ。リストアップする気が失せるほどに出る。そしてどれもとても美味しそう。
この件数から見てもマスタードオイルは特殊なものではなく、普通に使うものなんだなということが分かる。検索結果を適当に開いてみてもマスタードオイル使いまくり。Bengaliというキーワードが付いた料理が多く、やはりバングラデシュ料理ではかなり多用することも分かる。ただ、普段エルカ酸に体がなじんでいない人がバングラデシュで毎日摂取すると、もしかすると摂りすぎで高血圧とかになるかも知れない。
Bengali Mustard Fishとかめちゃくちゃおいしそう。バターチキンカレーとかチキンティッカマサラとかの日本でもなじみのある料理にも軒並マスタードオイル入れてるしもう全てのカレーに使えるんじゃないかと思えてくる。イタリアンにおけるオリーブオイルみたいな感じかな。あああここのサイトのレシピ1個ずつ全部試したい。
マスタードオイルを加熱するということ
さて、今回の記事を書こうと思った理由、マスタードオイルは加熱するとどうなるのかを検証してみた。キーワードはアリルイソチオシアネートの分離、それと揮発だ。
マスタードシードの状態は辛さも香りも全然強く無い。そこから水分を伴う破壊や加熱でアリルイソチオシアネートが分離される。つまり辛みや香りが出てくる。マスタードオイルの状態では既にアリルイソチオシアネートは分離されて高濃度の状態になっている。体温程度で揮発するので、加熱状態ではかなり勢いよく揮発するはず。つまりめっちゃ香りが出る。
そして発煙。発煙するということはどういうことかというと、加熱により油脂が分解されてこれが煙になる。そして発煙点からさらに加熱しつづけて温度が上昇すると発火する。油脂が分解されるということは、油脂の風味が壊れていくということになる。マスタードオイルの風味が弱くなるということかな。いわゆるメイラード反応のような化学変化で香ばしさ等が発生するわけではなさそうだ。
良く言われるマスタードオイルは発煙するまで加熱せよ、というのはやはり強すぎる風味をマイルドにするということになるのだろうと思う。
以下、観察してみた。
- マスタードオイルそのまま
- つーんとする香り。直だと少々苦しい。動物に捕食されるのを防ぐための物質だということが良くわかる。
- ぺろぺろしてみる。香りから想像するほどには辛くない。
- マスタードオイルを加熱する
- 加熱し始めはさらに香りが強くなる。嫌がらせに使えるくらい強い。
- 熱すぎてぺろぺろできない。
- 煙が出て暫くすると少しきつい香りが柔らぐ(麻痺している可能性もある)。
- マスタードオイルを加熱しつづける
- 香りはマイルドになる。
- 煙が出る。
- 家の中がものすごいマスタードになる。
マスタードオイルは加熱するとマイルドになることは間違いない。マスタードオイルを加熱し続けるとアリルイソチオシアネートが揮発し続け、次第に香りや辛みは減退していく。加熱し始めはむせかえるほどの香りが立つが、少し時間がたつとそうでもなくなる。鼻が慣れてしまっている気もしなくもないけど。
従ってマスタードオイルもしくはマスタードを使ったカレーは、マスタード感をどれくらい残したいかによって加熱する時間といつ食べるかを調整することになる。タイミングによって味も香りも全然違ってくる。
一方、マスタードシードはどうだろう。マスタードシードも加熱すると当然アリルイソチオシアネートが生成され、揮発していく。それとは別にナッツのような風味のピラジン類化合物が多く生成されてとても香ばしい香りが出てくる。これも高温である必要がある。そして必然、カシューナッツやピーナツ等のナッツ類を一緒に使うと相性が良い。マスタードオイルとマスタードシードは似てるけど別物で、お好きな方にはマスタードオイルでマスタードシードを加熱してやるのがお勧め。
マスタードオイルと合うスパイス
マスタードオイルやマスタードの香りの成分などから合うと思われるスパイスや食材は以下の通り。全部検証したわけではないので自己責任で。
- ブラックペッパー:南インド料理ではマスタードシード&ブラックペッパーが定番であるようにブラックペッパーと大変相性が良い。
- いりごま:マスタードはナッツ風味のピラジン系の化合物も含むため、いりごまでナッツ風味をブーストさせるとよりリッチな仕上りになる。たぶんカシューナッツも合う。
- カカオ:マスタードにはコーヒーのような風味のフランメタンチオールが含まれており、これとピラジン類の相性が良い。つまりチョコレートと相性が良い。
マスタードふりかけ
マスタードシードをそのまま食べてみたら思ったよりいける&これ白ご飯でもいけるんじゃないかと思ったので、ちょっとアレンジして日常使いのマスタードシードふりかけを作れないかと試行錯誤してみた。
- (A)マスタードシード+塩:悪くない。ほんのりマスタード感あり。粒が歯にはさまる。
- (B)潰したマスタードシード+塩:(A)よりちょっと食べやすくなった(粒が歯にはさまらない)。
- (C)マスタードシード+塩を煎る:(A)より断然美味しい。ピラジン風味が追加されるので深みが増して良い感じ。
- (D)潰したマスタードシード+塩を煎る:(C)より食べやすくなった(同じく粒が歯にはさまらない)。
- (E)潰したマスタードシード+ココナッツファイン+塩を煎る:煎ったココナッツの香ばしさも加わって(C)よりさらに美味しい。
- (F)潰したマスタードシード+ココナッツファイン+ガラムマサラ+ターメリック+塩を煎る:(D)よりもさらに美味しい。黄色くなって見映えも良く、いろんなカレーのご飯部分にかけたくなる。いろんなスパイスで試してみたい。
- (G)潰したマスタードシード+ココナッツファイン+ガラムマサラ+ターメリック+アムチュール+塩を煎る:狙い通り、異国の紫蘇ふりかけみたいな雰囲気がでた。アムチュール効果が絶大。これは好きだ。
そういえばアジコふりかけや、そのベースになっているスリランカのポルサンボル、あとインドのポディもこの路線だし、スパイスふりかけはいろんな可能性がありそう。今回はオイルは使わなかったけど少しマスタードオイルを使ってしっとりさせてみても良いかも知れない。
マスタードオイルを使ったカレーのレシピ
最後に、マスタードに溺れたい方にマスタード尽しなカレーのレシピをご紹介。とても簡単で美味しい、ベンガリスタイルのアンダ・カレーです。
アンダは卵の意味。マスタードオイルとイエローマスタードとブラウンマスタードを使った、マスタード好きな方にはきっとたまらない、シンプルなマスタード卵カレー。
【材料】2人ぶん
マスタードペースト
- マスタードシード(イエローマスタードシードとブラウンマスタードシードを1:1で混ぜたもの) 大さじ2
- おろししょうが 大さじ1
- おろしにんにく 大さじ1
- グリーンチリ 2本 (省略可)
- クミンパウダー 小さじ1
- コリアンダーパウダー 小さじ1
- チリパウダー 小さじ1
- ターメリックパウダー 小さじ1/2
その他
- マスタードオイル 大さじ3
- 塩 ひとつまみ
- ターメリックパウダー ひとつまみ
- ゆでたまご 4つ
- パクチー 1/2束 (お好きなだけ)
- たまねぎ 大1個
- トマト 中1個
●ペーストを作る
以下をブレンダーでペーストにする。マスタードシードを破壊して水の力を借りてアリルイソチオシアネートを分離させまくる。その化学反応する時間を考慮して最初にペーストを作って横に置いて玉ねぎ炒めに着手すると良い。
- マスタードシード(イエローマスタードシードとブラウンマスタードシードを1:1で混ぜたもの、マスタードシードは1種類しかなければ1種類でもOK) 大さじ2
- おろししょうが 大さじ1
- おろしにんにく 大さじ1
- グリーンチリ 2本 (省略可)
- クミンパウダー 小さじ1
- コリアンダーパウダー 小さじ1
- チリパウダー 小さじ1
- ターメリックパウダー 小さじ1/2
- 水 大さじ4(ペーストを作るのに足りなければ増やす)
●卵の下準備
1. フライパンにマスタードオイルを大さじ3入れる。
2. 塩をひとつまみ入れる。
3. ターメリックパウダーをひとつまみ入れる。
4. ゆでたまごを4つ、揚げ焼きにして取り出し、置いておく。フライパンはそのまま。
●レシピ
1. 玉ねぎを1個、可能な限り薄くスライスしてフライパンに入れてきつね色になるまで炒める(マスタードオイルのせいで開始時点からかな黄色いので玉ねぎのきつね色は判別しにくいので適当に)。
2. トマト(中)を適当に切って投入する。
3. 塩を小さじ0.5、水少々を入れて5分〜10分ほど蒸し焼きにする(玉ねぎのメイラード反応をゆるやかにして色が濃くなりすぎるのを防止する。水を入れることによってフライパン内の温度を100℃ちょいにキープ)。
4. トマトが崩れてきたら先に作ったマスタードペーストと水250ccを入れて5分ほど混ぜながら火を通す。
5. たまごとグリーンチリを入れて10分ほど煮込む。
6. 刻んだパクチーを入れる。
7. 塩加減を調整する(※)。
(※)塩加減はお好みで良いが、全体の1%がちょうど良い。
フライパンの重さをあらかじめ計っておいて、濡れ布巾をスケールの上に置いて、仕上がりのカレーの重さを計り、そのカレー全体の重さの1%になるように計算して塩を入れると失敗しない&塩加減を味見することなく仕上げることができるのでお勧め。通常レシピには塩の量も書かれてはいるけれど、調理する環境によって水分の蒸発量は異なるので最終的に仕上るカレーの量は同じにはならないので、塩の量はレシピに書かれている量はあくまでも目安として考えるのが良いと思う。
できあがってみると圧倒的なマスタードの存在感。カレーというよりこれはマスタード汁だ。なので弱火でもう少し煮込んでみた。煮込み時間に応じてアリルイソチオシアネートは揮発し続けてマスタード感は少しずつ弱くなる。
煮込んでみるとぴりっとする辛さはかなりマイルドになったが、まだマスタード風味が強くてつらい。なので本来のアンダ・カレーには入れないけどはちみつを少し加え、それからガラムマサラを足してみたら少しカレー感がでて食べやすくなったが、それでもまだマスタードが強くて美味しいと思えなかった。
しかし。これには秘密があったことが後で判明する。
このレシピ、2人ぶんで卵は4つ。そう、卵は1人2つ。これがとても大事なことだった。
一口二口食べて、微妙だなあと思い、卵をスプーンで細かく潰してみた。
卵2個を潰してこの癖の強いマスタード汁と混ぜるとあら不思議、マスタードと卵の黄身がマッチしてまろやかになってとても美味しくなった! そう、卵1個では足りない。なるほどだから卵は2個なのか。
カレーの量を半分にすればもちろん卵は1個で良いけど、卵を潰して混ぜるのは必須だということが分かった。
まとめ
マスタードオイルのことが気になっていろいろ調べてみた。
マスタードの風味は飛びやすい。調理中にどんどん揮発する。揮発するのが駄目というわけではなく、強すぎる風味をマイルドにしたり、特性を利用してうまく利用するのが大事だなと改めて感じた。
心血管疾患に良いとか悪いとか、世に正反対の研究結果が存在することも興味深かった。どちらも恐らく間違ってないけど着眼点によって違う結果になるんだろうと思う。
結論としては、マスタードオイルは言うほど悪者ではないし、全てのカレーに、じゃなくていろんなカレーに入れてアリルイソチオシアネートの刺激を楽しんで良いと思う。でも人にご馳走するときはいちおうエルカ酸は気になりますか?と聞いてからにしよう。
-
前の記事
マスタードオイルについて知りたい(その1) 2022.01.27
-
次の記事
ダルについて知りたい 2022.04.12