ダルについて知りたい
ムング・ダル、トゥール・ダル、レンズ豆、ひよこ豆、チャナ・ダル、ウラッド・ダル。そして料理名としてのダル。
カレー好きなら日常的に目にするこれらのキーワードだけど、今まで曖昧に理解していた気がする。そしてダルって何と聞かれたときに「豆のことだよ」としたり顔で説明していた。
しかし。豆であることは間違いないだろうけど恥ずかしながら実はあまり理解していないことに気付いて、きちんと把握しておきたくなってきた。というわけで今回はダルのおはなしです。
そもそもダルって何
そもそもダルって何だ。ここによると、Dalの語源はサンスクリット語で「分割する」という意味らしい。Ohhいきなりもう豆じゃなかった。今までダル=豆といろんな人に嘘ついてしまっていたのかー。
さらに上記のサイトによると現在ではヒンディで「乾燥したlentils、beans、peasで、半分に割ったものまたはそのままホールのもの」を指すということなんだけれども、そもそもlentilとbeanとpeaの違いがよくわかっていなかったので調べてみた。どうせ全部豆じゃんとも思ったけどここはちゃんと確認する必要がある。
いまいちはっきりした定義がなさそうにも見えるけど、だいたい以下のような区別で良いと思う。言語によってこれらの境界は多少異なるようだ。
◆ lentil
レンズの形のような平たい形状の豆。というよりどうもカメラのレンズよりも豆のLensのほうが先らしい。知らなかった。
◆ bean
大豆のようにちょっと細長くて大きめの豆。
◆ pea
丸っこくて小さい豆。グリーンピースのピースはこのpeas。
大きさで区別するのか。なるほど、もともとは「乾燥した豆を半分に分割したもの」だったのが今では分割されていなくてもOKになったらしいということで結局は「乾燥した豆」で良いのかなという結論になった。
ダルの種類
レシピサイトを徘徊しているといろんな豆が出てくる。スパイス屋さんにもこれらの豆がずらーっと並んでいる。いつもどれを選んで良いものか分からずに適当に買っていたが、今日からは違うぞ。何故なら今からちゃんと整理するから。
以下、他にもいろんな種類があるけど多すぎて全部は無理なので代表的なダルを挙げる。
- マスール・ダル(Masoor dal)
- マメ化ヒラマメ属、和名はヒラマメ。これがいわゆるレンズ豆と呼ばれる豆で、Lentilsと書かれていたらこれ。赤いのや茶色いの、他にも数種類がある。西アジア原産で、小さな豆果の中に2個の種子ができる。だから「dal=分割」というわけか。なるほど。
- ダルの中では柔らかくなるのが最も早く、てっとり早く調理できる。
- スリランカのパリプーは赤いレンズ豆を使うのが一般的らしい。
- マタール・ダル(Matar dal)
- エンドウ豆。これは我々日本人にはグリーンピースという呼びかたやキーマ・マタールで馴染があると思う。というよりキーマ・マタール以外でこれを使ったインド料理ってあるのかしら、と思ったら。あった。美味しそう。
- トゥール・ダル(Toor dal)
- マメ亜科キマメ属、和名はキマメ。半乾燥地帯でも育ち、インド、アフリカ、中米などで多く栽培されている。煮込むと崩れてどろっとするため、それを利用した料理が多い。
- 煮込むときは荷崩れするまでけっこう時間がかかるため、圧力鍋があったほうが良いかも。南インドではラッサムやサンバルなどに使う。
- ムング・ダル(Moong dal/Green Gram)
- マメ亜科ササゲ属、和名は緑豆。日本ではほぼもやしを作るためだけに使われているが、たんぱく質が豊富で消化も良く、インドやアジアでは広く食べられており、様々な料理がある。ポリヤル美味しそう。
- 台湾の緑豆湯というお汁粉のようなデザートがたいへん美味しい。
- チャナ・ダル(Chana dal/Chickpea)
- マメ亜科ヒヨコマメ属、和名はひよこ豆。 亜鉛等のミネラルや葉酸、たんぱく質を多く含む。
- ひよこのような形をしているからひよこ豆だと一般的に認識されているが、語源を辿るとどうもひよこではなく牛の顔面らしい。まじすか。いやでもあのぼこぼこした形状をひよこと見るのは無理がある気がしてきた。むしろゴツい牛のほうが合ってるようにも思える。
- ひきわりにしたものもある。黒いやつもあって白いやつよりも牛感がある。
- 南インドではポディ(インドのふりかけ)の材料にも使う。ポディはギーと合わせてそれだけでどんぶり飯可能。
- カレーカテゴリには入らないけどフムスもこれで作れる。フムスはスパイスを加えることによるアレンジの幅が広いし、プレーンフムスをカレーに添えてもけっこう合うと思う。
- ウラッド・ダル(Urad dal/black gram)
- ラジーマ・ダル(Rajma dal/Red Kidney Beans)
- マメ科インゲンマメ属、和名は金時豆、赤インゲン。ちなみに小豆(マメ科ササゲ属)とは別もので、小豆はあんこに、金時は甘納豆の材料になる。「宇治金時」とは抹茶とあんこではなく甘納豆であることを今まで知らなかった。
- 日本でも北海道で多く生産されておりなじみが深い。インドでも頻繁に使い、色の濃いダルカレーがある。
- ブラジル料理のフェイジョアーダもこの豆を使う。インドにはゴア風フェイジョアーダなんてのもある。
- ロビア・ダル(Lobia dal/Black-eyed beans)
- マメ科ササゲ属、和名はササゲ。黒目豆や大角豆とも呼ばれる。アフリカ原産。あまり見ないがスパイス屋さんで売っていることが多い。
- 日本では平安時代から食べられている。
- インドでもシンプルな豆カレーとしてよく利用される。これとか。
- アフリカやトルコなど世界中で広く食べられている。
ダルの選びかた
ダル料理のレシピは検索すると非常にたくさんあるが、どの料理にどのダルが適しているか、また何故それを使うのかはとても気になる。ただ、ここを見ると「普通はトゥールダルを使うけど適当にお好きなダルでもいいし混ざったやつ、ミックスダルでもいいよ」と書かれていて、案外ゆるいのかも知れない。
しかし適当に選ぶのと根拠があって選ぶのは違う。そして根拠はぜひ欲しい。
そこで調べた結果を元に自分なりに整理してみた。
◆圧力鍋を持っていなくて、とにかくさくっとダル料理を作りたいとき
レンズ豆です。スパイス屋さんに行ってLentilsが見あたらなくても焦らずMasoor Dalというのを探しましょう。通常レンズ豆を置いていないスパイス屋さんは無いと思われます。とりあえずダル作りてえ、と思ったらまずはレンズ豆をチョイスするのが良いと思われます。
◆サンバルやラッサムを作って「レンズ豆を使うほうが楽なんだけどさ、南インドではトゥールダルを使うほうが一般的だからね、トゥールダルを使ってるんだよね。こっちのほうがよりどろっとした仕上がりになるんだよね」とドヤりたいとき
トゥールダル一択です。でもどろっとするにはけっこうな時間煮込みが必要です。
◆一晩浸水する余裕もあって後でフムスを作りたいとき
チャナ・ダルです。けっこう硬いので浸水&圧力鍋がお勧め。
◆安くてビタミンE豊富なもやしの根源に迫ってみたいとき
ムング・ダルです。でももやし感はありません。
◆金時カレーからのフェイジョアーダを作りたいとき
ラジーマ・ダルです。金時豆なので頑張れば和風インドカレーも作れそうな気がする。
◆見た目にインパクトが欲しいとき
ロビア・ダルです。ただし煮崩すとインパクトがなくなるので豆の原型は残すこと。
レンズとレンズ豆
先に調べていて、カメラ等のレンズよりもレンズ豆のほうが先というのに驚いて、もう少し調べてみた。言語の切り口でlensとlentilの関連性を説明してくれているサイトを見つけた。
ここによると、ラテン語のlenticulaからフランス語のlentilleを経て英語のlentilとなったが、これらはもともと平たい形をした植物の種子を意味していた。そしてレンズが発明されたときにラテン語から拝借してlensと名付けたらしい。発明や学術的な発見にはラテン語から借りてきて命名することが多いから。
つまり、レンズ豆はレンズのような形をした豆ではなくそもそもレンズ豆であって、レンズ豆のような形をした装置がレンズであるということ。うおーこれは誰かに喋りたい!
そして上記のサイトによれば、フランス語はもちろんドイツ語にもその語源は影響を与えており、最も広くインド・ヨーロッパ語系で普及している単語の1つだそうな。そしてもともとユーラシア大陸はみんな同じ言語喋ってたんじゃないかしらというロマン溢れる疑問で締めくくっている。
確かに冷静に考えてみれば、世界中で豆が食べられているのだから当然豆に関連する言葉は拡散していく。そしてレンズよりレンズ豆のほうが圧倒的に歴史は古いはずで、レンズに似てるからレンズ豆にしたなどというのは有り得ない話だった。やはり食文化はそれ自体で人類の歴史をリアルに反映しているものなんだなと改めて思う。
ダルの栄養素と歴史
豆の栄養素を見てみる。豆は栄養素的に2つに分類できるらしい。ひとつは炭水化物系、もうひとつは脂質系。
前者の炭水化物系はささげ、小豆、レンズ豆、ひよこ豆など大多数の豆で、乾燥状態の50%以上が炭水化物で、同時にたんぱく質も20%程度含まれている。また脂質は数%程度であり、そのため低脂質・高たんぱくという筋トレ好きにはたまらない食材となっている。
一方大豆、落花生は後者の脂質系になる。約20%の脂質と30%のたんぱく質。こちらもたんぱく質は豊富。幼い頃に「畑のお肉だ食べなさい」と言われて「豆は豆であって肉ではない。肉のほうが美味しい」と思ったりもしたけど、大人になってだんだんと豆のやさしい味わいが分かるようになってきた。
そしてインド料理のダルと出会って豆美味しさ、さらには歴史まで味わえることを知って豆が大好きになった。
古来から世界中で豆は食べられてきた。上記のようにたんぱく質が豊富であり、乾燥させることで保存が効く上に可搬性も高くなる。そして乾燥地帯でも育ちやすいとくればもう食べるしかない。食材の歴史としては最も古い部類に入るだろう。
メキシコではインゲンマメが紀元前4000年頃、またレンズ豆はトルコの紀元前5500年頃の遺跡から見付かっているし、メソポタミアでは紀元前2000〜3000年頃には栽培が始まっていたらしい。日本でも紀元前4000年頃、縄文時代後期には大豆の原種を栽培していた痕跡があるらしい。
このように歴史的にも古く、かつ世界中で食べられてきた豆料理はもう数え切れないほどの種類がある。インド料理だけでも豆カレーの種類はいくつかるのか数えるもの困難だと思うし、世界中見れば主食から副菜、オヤツ、スイーツまでそのカバー範囲はとてつもなく広い。豆すげえ。
そして時間をかけて豆を美味しく食べる方法を培ってきた人類の先輩方のおかげで今も美味しいダルが食べられることに感謝の気持ちでいっぱいになる。紀元前の生活と今は全く違うけれども、彼らはそれが生きていく上で必須の栄養源であることを知っていて、今の我々の生活に繋っている。ずーっと人類は豆を食べているんだなあと思うとなんだか楽しくなってくる。
まとめ
と、ここまで来て少し豆のことが分かるようになった。以前よりもさらに親しみを感じるが、今後自分はどのように豆さんダルさん達と向き合っていくべきか。今後も私はカレーを作り続けることは間違いないと思うが、ダルはとにかく種類が多い。そしてそれぞれの違いがカレーの個性を際立たせるというようなものでもない気がする。例外的にダル・マカニやフェイジョアーダ、ダル・フライのように豆の存在感が強い料理もあるけど基本豆のカレーは縁の下の力持ち的な存在だと思う。しかし控えめではあるがしっかりした個性が、それぞれあるはず。
ダル様は栄養素、歴史的にも一流選手にも関わらず、自己主張が控えめでどんな料理にも自分を合わせることができる。なので今後はいろんなダル様を片っ端から試してみようと思う。調理方法を同じにしてそれぞれの豆の味わいを確かめてみたい。
というわけで、とりあえず一晩浸水して煮込む。塩とクミンとターメリックとココナツミルクパウダーを少々、あとはカレーリーフ。これだけで当分楽しめそう。そして各特徴が掴めたらまたカレーの幅が広がりそう。ダルはシンプルで食材の主張が控え目なのでスパイスのほんのちょっとした使いかたでいろんな表現ができそうだし、スパイス修行の教材としてもしかすると一番適しているのかも知れないと思い始めた。
まだまだ修行の旅は終わらない。
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